出版物

2015.08.27

輪切りで見える!パノラマ世界史5 変わりつづける世界

出版社:大月書店 / 発行年:2015 / ページ数:40ページ

6月に大月書店より『輪切りで見える!パノラマ世界史5変わりつづける世界』羽田正 監修、寺田悠紀 著、ヒロミチイト 絵)が刊行され、8月には『輪切りで見える!パノラマ世界史4大きく動き出す世界』(羽田正 監修、後藤絵美 鵜飼敦子 著、おちあいけいこ 絵)が刊行されました。

『輪切りで見える!パノラマ世界史』は1~5巻までのシリーズ本として刊行予定です。監修者の羽田正教授と、5巻の文章を執筆し、全巻のコーディネートも担当する寺田悠紀さんが対談を行いました。

―横に繋ぐ世界史絵本刊行へ―

羽田:『新しい世界史へ―地球市民のための構想』(岩波書店、2011年)が出版された後に開催された研究会に大月書店の編集者である岩下結さんがいらして、輪切りにして歴史を見た時の視点を反映させた世界史の絵本を作りたい、文章は若い研究者が書き、私がそれを監修するというスタイルはどうかとのお話をいただきました。面白い試みだから、やらせてもらえるのなら、やってみよう、ということであなた方に声をかけました。

寺田:そして有志の研究者、大学院生が集まりましたね。まずは、世界史といっても、どの年代を輪切りにして取り上げたらよいのかについて話し合いを進めました。最初は3巻程のシリーズ本になる予定でしたが、議論してみると世界の歴史を理解するためには、詳しい説明が必要なターニングポイントとなる時代が多かったことから、5巻シリーズとしての刊行を進めることになりました。執筆者は6人、イラストレーターは4人で作業を分担しています。

羽田:出版準備が始まってから早2年半ですが、作業してみて難しかったことは何でしたか?

寺田:全体の枠組み、文章、そしてイラストレーターさんとのやりとりを同時進行しながら仕上げていくことは大変でした。イラストはイメージに合うかどうか出来上がったものを見てみるまで分からないこともありますが、出来上がってからでは修正が難しい場合もあります。何度も話し合いを重ねてアイディアを出し合いました。編集者の岩下さんやイラストレーターさんたちには本当に感謝しています。


羽田:世界史を輪切りにして示すためには、今まで書かれてきた縦の歴史だけではなく、執筆者が自分で横の歴史をイメージしなければなりません。今回最初に刊行された現代世界を扱う5巻は、世界が実際に横につながっているのが見えるし、すでにそのような解釈も随分なされているから、まだやりやすかったかもしれません。しかし、4巻以前であつかう時代については、これまでは主に国や地域の縦の歴史として理解されているので、横の世界史を書くにあたっての材料が不足しています。全巻完成までにはまだ手間ヒマがかかりそうです。執筆を担当している若い人たちは、一国史のごく一部分を専門にしているにすぎません。自分が専門としていない地域についての研究成果も、様々な文献を読み、構想に組み込んでいかなければならない。またそれぞれの地域史を専門とする学界で議論されている最先端の内容を、自分なりに咀嚼した上で横に繋げてみる必要があります。古い研究成果を繋いでいては意味がありません。
本当の意味での横の世界史を実現するには、一人の研究者が世界全部をカバーするのは難しいので、やはり共同作業が求められるでしょうね。皆がある程度同じ視座から、これまでの研究を見直し再解釈しなければなりません。これはこれからの課題です。先日Global History Collaborativeのイベントで、プリンストン大学のシェルドン・ギャロン教授を招いた研究会が行われましたが、ギャロン先生は日本とドイツの話を中心にアメリカやイギリスの歴史も語りました。一人であれだけやるのはすごいと思いますが、それでも個人が相当な努力をしてカバーできるのは4、5カ国の過去です。その意味では、『輪切りで見える!パノラマ世界史』は出発点だと思います。読者には失礼かもしれませんが、このシリーズは将来の新しい世界史を目指すための一種の実験なのです。これまでの歴史研究は時系列に沿った縦の研究が一般的なので、『輪切りで見える!パノラマ世界史』で横につなぐことの難しさを見せることも、次への一歩だと前向きに考えましょう。

寺田:5巻を例にあげれば、60年代の専門家、というふうに、横の歴史を専門にする研究がもっとあるとよいのですが。共同作業といえば、世界地図のページをどのように構成するのかについては、技術や衣食住、政治、経済、環境など様々な要素が見えるように、「社会のしくみ」と「人々のくらし」に分けて皆で意見を出し合いました。


―著者の立ち位置と使用言語―

羽田:5巻には最近の出来事も沢山出てきますが、そういえばこんなことがあったなあという内容も多いですね。例えば2010年の火山噴火にともなう空の混乱など。

寺田:私は日本からイギリスに行くところを火山噴火のため空港が閉鎖されてしまいロシア上空で引き返したので、あの時のことは忘れられません。実際に体験した出来事だと書きやすいですね。他にも、イラン・イラク戦争については、子供の頃初めて「戦争」について聞いた記憶としてよく覚えています。自分と同年代の子供たちは戦火のイランやイラクでどう過ごしているのだろうと思ったことを覚えています。絵本には、イランの人々が日本のテレビドラマ「おしん」を観ている様子も描いてもらいました。

羽田:作業をしていて面白かったですか?

寺田:とても楽しく取り組めました。作業をしてみて、気づいたこと、見えてきたことはとても多いです。例えば、(4巻に出てくる内容では)オーストラリアにまでインフルエンザが広まった、という記述がありましたが、皆で話し合い、「まで」という表現はしないことになりました。無意識のうちに自分達とは遠いところの出来事と思っているとそれが文章に表れてしまいます。広い世界で起こった出来事を、すべて公平な視点で見るのは難しいと思いました。

羽田:誰に対して語っているのかを常に意識して書かなければなりません。しかし、これはある意味で従来の学問の常識への反逆でもあります。学問は、普遍的だと言われてきました。1足す1が2であるのは真実であり世界共通だということが、学問の価値と意味を保障してきました。歴史学に対しても、ある時期までは、定められた方法にしたがって史料批判と解釈を行えば、史実を明らかにできるという信頼が寄せられていたと思います。執筆者がどの国の人か、誰に向かって語っているのかは、大した問題ではなかったはずです。あるいは、少なくともあまり意識はされていませんでした。しかし、よく考えてみると、日本語に特有の世界観、価値や知識を背景にして、日本語で考え導き出した結論を、外国の人に理解してもらうのは、単語の背景や文脈、言葉のニュアンスの違いがあり、容易ではありません。逆に、外国語で記された成果を日本語で理解する場合も、同様です。だとすると、単純に研究の結論を「これは普遍的です」と言い切ってしまうことはできません。すべてとは言いませんが、今日、少なくとも文系の学問の普遍性はかなり揺らいでいると思います。

寺田:一つの言語だけを使っていると、分かった気になってしまいますが、複数の言語が加わることで新しい視点が見えてくるように思います。執筆にあたって、仮にこのシリーズを翻訳した時にどのようなニュアンスになるのだろうかということは常に考えていました。

羽田:最近は私が執筆した本もすぐ翻訳されます。特に、中国語、韓国語に翻訳されるのは早いです。その時あらためて、自分は日本の読者を前提に書いているのだということに気づかされます。

寺田:以前、羽田先生の授業の中で、プリンストン大学で刊行された世界史の教科書Worlds Together, Worlds Apartを読みましたが、英語の論理展開や理解の仕方はまた異なると思いました。「世界史」と言っても、例えばアメリカで教えられている世界史、中国で教えられている世界史、は同じではありません。そこで、日本ではこういう理解がされていると海外に向けて発信していくことは面白いと思います。
5巻の執筆中にドイツに行く機会がありましたので、ドイツの人たちにゲラを見せたところ、ヒットラーの絵はかなり印象的だったようです。イラストにしても、それが風刺と思われるのかプロパガンダとして解釈されるのかは、場所や状況によって異なります。イラストや内容で先生が気に入っている部分はありますか?

羽田:特に考えたことはなかったですが、全部よかったと思います。若い人たちの感性の瑞々しさが表れていると思いました。


―過去を理解する新しい試み―

寺田:私は5巻で扱った時代の後半からしか生きていませんが、もし早く生まれていたらもっと違うように書くこともできたのではないかと思ったりもします。

羽田:1940年は私も生まれていないですよ(笑)。しかし、戦争へと突き進んでいった40年代のインパクトは強いと思います。日本についての内容をどのぐらい重視するのかという点も、企画会議で議論しましたね。日本の若い人たちを語る対象として意識し、時代ごとに日本の様子に触れていることはこのシリーズの特徴でしょう。

寺田:世界地図のほかに、詳しく出来事を説明するページでは6つの事例をとりあげています。そして6コマ目で必ず日本の事柄を説明しています。

羽田:今までは、世界史教育では日本のことは軽視されていたと思います。日本のことは、日本史で扱うということが基本条件で、世界史の中では補足的でした。このシリーズでは、世界の中で日本がどのような位置にあったのか、どのような役割をはたしていたのかが時代ごとに分かるように心がけています。

寺田:歴史を絵で表現するという試みも、このシリーズの楽しさだと思います。近代から現代にかけて、様々なメディアが発展し、ビジュアルのもつ重要性は増してきたと思います。

羽田:ビジュアルといった場合、そのままのモノを描くことが大事だと思われています。写真資料があることが前提で、多少デフォルメすることがあっても、衣服、髪型、顔つきはその写真をモデルにしています。しかし、古い時代については写真がなく、残っている資料、特に絵は対象をそのまま描いているとはいえません。だから、どうしてもイラストレーターさんへの負担が大きくなります。

寺田:想像されて描かれた絵には、当時の人々の先入観がはいっている場合もありますね。イラストレーターさんには、基本的には図像資料に基づいてイラストを描いていただき、風刺のような表現はしないようにしてもらっています。一方で、写真資料が残っている時代でも、周縁の世界とされてきた場所で撮影されている写真は、もしかするとその社会ではあまり一般的ではない衣服や習慣を、外部から来た人間の目で切り取ってしまっているとも考えられます。いずれにせよ、政治性を自覚しなければならないですね。
企画会議では、人間の位置づけについても議論しました。人類と共に地球に暮らす動植物や、環境。それらに目を向けると、自ずと人間の存在は小さくなっていきます。しかし今回のシリーズでは言葉を持った人間の行動や思想を中心に描くために、1巻は人類の拡散の話から始まる予定です。人間が世界をどう理解してきたのか、想像してきたのか、という内容も1巻や2巻に反映できれば面白いと思います。

羽田:そうですね。『輪切りで見える!パノラマ世界史』は、この成果をまた踏み台にして、新しい歴史解釈の可能性を広げていくという意味でとても重要な試みだと思います。縦の時系列史に横糸を通すという感覚です。縦の糸と横の糸がうまく絡みあうと、絨毯のように、より豊かで美しい全体の模様が見えてくるはずです。

<目次>
はじめに
1940年ごろの世界(社会のしくみ/人びとのくらし)
コラム① サッカーの歴史
1968年ごろの世界(社会のしくみ/人びとのくらし)
1989年ごろの世界(社会のしくみ/人びとのくらし)
コラム② バービー人形の歴史
2010年ごろの世界(社会のしくみ/人びとのくらし)

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