2015.04.01
プリンストン大学研究者交流 2
2015年2月下旬から1か月強、プリンストン大学に研究交流のため滞在した。
滞在の主目的は、中近世グローバル・アート・ヒストリー(世界美術史)の第一人者、トーマス・ダコスタ・カウフマンThomas DaCosta Kaufmann教授との交流である。カウフマン教授の主著書は、Towards Geography of Art(2006年), Mediating Netherlandish Art(2014年), Circulations in Global Art History(2015年刊行予定)である。これらの本では、相互影響・参照を超えた枠組みで、複数地域の美術史を扱っていくことを一貫して訴えられており、中近世のモノの移動を専門とする著者にとっては、大変刺激的な内容である。
今回の滞在では、カウフマン教授と、中南米の社会文化史の大家であるEHESSのセルジュ・グルジンスキーSerge Gruzinski教授との共同講義 “Global Exchanges of Art”へ、参加した。研究者交流1を記されている美術史家、鵜飼敦子さんも一緒である。この講義では、16-18世紀の世界をまさに横断して美術品を扱った。いわゆる「植民地」の産出した美術品は、本国外で生産されていようともスペイン美術・オランダ美術の括りで解釈されるか、「現地」の美術のどちらかの二者選択で分類され、あるいは相互影響の枠組みで語られる傾向にある。二人の講義は、こうした二項対立的なナラティブを軽やかに超えた。時間や地域的なラグも含めつつ、一つのモノに幾筋もの相互影響の流れが立ち現われることを鮮やかに示された。その結果、その時期の地球的な同時代性をありありと感じた。
一か月と長期にわたって滞在したため、カウフマン教授とアプローチについて細やかな討論ができた。中近世の美術交流をめぐる参考資料について、いろいろと教えていただきながら、自分の関心である布や服と結び合わせ、比較する形で、マルカンド図書館(美術・考古学部の専用図書館)で体系的に調査することができた。カウフマン教授と今後、「Global Art, Global History and Costume」をテーマに共同研究をすすめ、共同論文を書くことを計画している。また2017年度前後にカウフマン教授を東京に招き、鵜飼敦子さんと協力しあいながらワークショップを開催する予定である。
GHCの事業を推進される先生がたは、カウフマン教授のおられるのは美術・考古学部ではなく、史学部を中心に他学部に所属される。滞在期間中、プリンストンのGHCのリーダーであるエーデルマン教授とガロン教授と複数回にわたって意見交換でき、とくにエーデルマン教授のグローバル・ヒストリーのマスタークラスに参加させていただいたのが興味深かった。この講義は、時系列にグローバル・ヒストリーを追う形式ではなく、キーワードを設定し、講義ごとにアプローチの異なるグローバル・ヒストリーの著書を読んでいく形をとった。毎回、たとえばオースターハンメルの近著など大著なら一冊、通常書籍なら二冊程度を読んでいき、その枠組みやアプローチを討論する形で、大変参考になった。
その他の学部の方も、とりわけ東アジア研究(East Asian Studies)の方々がGHCに関わっておられ、エーデルマン教授やガロン教授やレーニー教授の尽力で、三月十日に自分の研究関心を紹介するランチセミナーを開いていただいた。複数学部にわたって二十名ほどが参加し、今後につながる貴重な意見を多数いただいた。
今年の冬は、プリンストンをはじめとした東海岸は、例年にないほどの降雪にみまわれた。電車が止まり、一部の道路が閉鎖されるほどの雪のなかでも、大学の授業はほぼ滞りなく行われ、大学にいたる道は朝までに雪かきされ、他がとまっても大学のコミュニティバスだけは走り続けた。そのような運営スキルや気概からも、プリンストン大学の底力を体験でき、大学人として感慨深かった。今回、研究交流させていただいたことに、心から感謝している。
(文責:杉浦未樹)